明くる9月2日、夜が明けたので三郎さんは自宅に戻っています。しかしそこは焼け野原となっていました。
家にあったベヒシュタインピアノとヤマハグランドピアノ、蓄音機、レコード70枚、音楽関係の原書全て灰になってしまいました。
長兄も次兄も東京音楽学校卒業。長兄は音楽の教員、次兄はピアニストでもあり、東京音楽学校講師。ピアノや蓄音機、レコード、仕事上必要で集めた大事な楽譜や、海外からも取り寄せた原書、すべて焼けてしまいました。
ベヒシュタインピアノはドイツ製。家宝としてとても大事にしていたと思います。
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逃げ遅れた人々の焼死体もありました。悲惨としかいいようのない光景が広がっていました。
昼過ぎには東京にいた長兄が無事に戻ってきました。
この異様な緊張感の中、「朝鮮人が乱暴をした」と日記に書かれています。
聞いた所によりますと、関東大震災時の朝鮮人問題に関しては良い資料があまりないようで、専門家でも調査に苦労するとのことです。
この関東大震災の時、まだラジオ放送がありませんでした。情報は新聞と口コミだけです。大震災で新聞がストップ。残りは口コミのみ。つまり根も葉もない「噂」が燎原の火の如く広がってしまう素地はあった訳です。
本当に「朝鮮人が乱暴した」のか?それとも誰かが言った「フェイクニュース」をその場にいた人々が信じてしまったのか?私にはわかりません。
素人の私に何が言えましょう。検証は専門家の方々にお任せしたいと思います。専門家の方、どうぞよろしくお願いいたします。
(朝鮮人という言葉は複雑な背景を持っているようです。この稿は三郎さんの日記に合わせて「朝鮮人」と書きましたが、本来なら「朝鮮半島に出自のある方々」と書くのが良いのかもしれません。差別を助長するものではありません)
東京新聞に掲載された専門家の見解を貼っておきます。
群馬県でも騒動があったようです。こちらも別の専門家の意見を貼っておきます。
しかしこのまま混乱の極みの横浜にいてもどうしようもないので、東京方面に避難し直すことにしたようです。
東京方面は無事なのか?ラジオもなく、新聞もストップしたまま。電話はまだ普及していないので、何も情報がない中ではありましたが、おそらく東京から戻った長兄が、「東京の方がまだマシ」と判断したのかもしれません。
関東大震災は東京での火災被害が有名なので東京の地震と思われがちですが、実際には震源に近い神奈川県の方が被害が大きいそうです。
この記事によると東京日日新聞のみが2時間後に号外を出したと書いてありますが、その新聞が罹災の只中にいる田中家に渡ることが出来たのかはわかりません。推測ですが難しかったと思います。
東京には東海道線の線路をたどって行ったようです。それは9月の残暑の中、地震の疲れもあり困難な道のりだったようです。
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両親は被害が少なかった生麦の知人宅にお願いをして逗留させてもらうことにし、長兄、次兄、三郎さんとで東京を目指します。
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多摩川の鉄橋を超えた所で、「貨物列車が出る」という情報を得て、結局その列車に乗って品川を目指しました。品川から徒歩で親族の家にたどり着くことが出来、その後東京の大井町に新しく家を借りて(多分借家だと思います)新しい生活を始めるのでした。
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この時代、こういう避難民を受け入れるのは自治体ではなく、市井の人々だったようです。「困った時にはお互い様」という気風があったのかと思います。
余談:田中三郎の次兄田中規矩士の妻、たなかすみこの9月1日。
中の人の祖父の9月1日。
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中の人のもう一人の祖父は名古屋にいました。以下のウェブサイトによりますと、名古屋でも震度4の揺れがあったようです。
祖父は「少し大きな地震だな。怖いな」と思ったと言っていたそうです。
東京の新聞社は壊滅的被害。なんとか大阪までいろいろな電話回線(官公庁、新聞社、大きい会社などは電話があったようです)を使って情報を送り、大阪から全国に報道したようです。
その報道を見た祖父が大層驚いたという話が伝わっています。
地震から4日後、三郎さんは横浜の元自宅のあった場所に戻り、立ち退き札を建てたりしています。その際に見た横浜の街の様子を書き留めています。
悲惨です.....。
全国から関東の避難民に慰問の品々が届けられたようです。田中家に届けられた第一回の慰問袋の寄贈者は岐阜県から。2番目の寄贈者は大阪からでした。
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こういう展覧会もあります。